2016•1•13出発 〜 2017•4•13帰国 《37カ国》

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2017-08-13

戦争のこと

私たちが旅に出て、一番勉強したのは戦争のことかもしれません。


▲第二次世界大戦で空爆を受けたドイツのカイザー ヴィルヘルム記念教会


世界で一斉に起きた第二次世界大戦。
人類史上最大規模の巨大戦争とまで言われています。
6年間という長い長い戦い。
実に当時の世界人口3%の方が第二次世界大戦の犠牲者という、世界中を巻き込んだとんでもない戦争だったのです。



▲日本軍は潜水艦にてマダガスカルへ向かい、イギリス軍や南アフリカ軍と戦ったディエゴ スアレスの海


どうして世界の戦いに日本も参戦しなければならなくなったのかとか、つい70年ちょっと前まで日本はアメリカやイギリス、フランスが敵だったにも関わらず、今は何事もなかったかのように自由に行き来できて交友関係が築けてるのかとか。
 むしろ今となってはアメリカやイギリス、フランスに憧れ抱いている日本人も多いのに…(私を含め)



▲第二次世界大戦で破壊された街並みを復元し世界遺産となったポーランドの首都ワルシャワ


学生のころ学んでいたはずなのに、恥ずかしながら実際にはあまり理解していなくて、今まで日本は広島と長崎に原始爆弾を落とされ、被害国だと思っていましたが、それだけではなかったことを旅に出てから知りました。 


▲第二次世界大戦で破壊された鎖橋を復元したハンガリーの首都ブタペスト


 第二次世界大戦が終わった後も、今日現在どこかで紛争が起きている現実。いつの日か、戦争がゼロになる日が来てほしいです。 





Yoko.

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2017-08-10

気になるマサイ族

アフリカの先住民族、マサイ族ってご存知ですか?
一度は耳にしたことがある方もいらっしゃると思います。

マサイ族は、ケニアとタンザニアに住む先住民族。
テレビや雑誌などで見るマサイ族は、赤や青のチェック柄の布を体に纏い、ビーズのアクセサリーを身につけているというイメージ。そしてとても素晴らしい視力を持っていている、という印象も。

今回アフリカに行こうと決めてからは、様々な民族にお会いしたかったので、マサイ族の方々にも是非一瞬でも良いのでお目にかかりたいなぁと思っていました。

情報ではケニアでマサイ族が暮らす集落へ訪問するツアーがある、とのことでしたが、観光客用に解放している村へ連れられることが多いらしく、なんだかなぁと思っていました。

ありのままのマサイ族が見たい!!

そう思っていたら、ここタンザニアのザンジバル諸島でマサイ族らしき人がいるではありませんか!!

おぉ〜、手には携帯電話?欧米人と思われる観光客の女性と楽しくお喋りされてる〜!

はい、正真正銘のマサイ族の方でした。
いやはや、ザンジバルにいるマサイ族は観光客用で仮装されてるのかな…と疑問に。

実は彼らは、仮装しているわけでもなんでもなく、ありのままのマサイ族だったのです。もともとは一箇所に定住せず、伝統的な牛・羊・ヤギ等の家畜の遊牧で生計を立てる遊牧民だったのですが、仕事が多い都市に出稼ぎにきているマサイ族の方でした。

彼らの優れた警備能力によって(視力や反射神経が良いことから)、マサイ族の多くは携帯電話を持って宿やレストラン、スーパーなどの警備をやっている方が増えてきているんだそうです。

最近では、昔ながらの遊牧や農業で生計を立てている村に住むマサイ族の事を『ビレッジマサイ』、街中で警備員などの仕事についているマサイ族の事を『シティマサイ』と呼ぶんですって。

ザンジバルの別の場所にも、マサイさんを発見!!もともとザンジバルにはマサイ族は住んでいなかったので、ここで見かけるマサイ族はシティマサイさんですね。

自転車に乗るマサイさんも。布の柄やアクセサリー使いが、それぞれ微妙に違っていておしゃれ。

マサイ族の象徴、ルングという棒を持ち歩いていらっしゃいます。ルングは、ライオンなどの危険動物を追い払うための武器。ここザンジバルにはライオンなんぞ生息していませんが、マサイ族にとってはなくてはならない道具のようです。

人気のレストラン、「THE ROCK」の入り口で警備をするマサイさんもいました。

都市部に出稼ぎにやってきたのなら、あえてマサイ族の格好をし続けなくても良さそうですが、都市部でもこのままの格好で生活し続けているのは、観光客から写真を一緒に撮って欲しいと頼まれたらチップをもらえるから、という理由も少なからずあるようです。

ちなみに、この後行ったタンザニアとケニアの国境付近で、ビレッジマサイさんをお見かけしたのですが、その写真がこちら。

ロバに荷物をたくさん積み込んで運ばせているマサイさん。

マサイ族は一夫多妻制で、牛(財産)を多く持つ男性は何人も妻を持つことができるそうですが、牛を持っていない男性は女性から相手にされず、結婚も恋愛も難しいんだとか。
彼らにとっては牛はとても重要な存在で、通貨の代わりにもなるし、賠償・結納・相続などは牛の受け渡しによって行われるんですって。

住居も牛糞と土を混ぜたものを壁として使い、伝統的な主食はなんと牛乳と牛の生血!!!

生活のあらゆる場面に牛が必要になる為、男性たちは牛を手に入れるために都市部へ出稼ぎに行く人が多いのも納得です。

そんな原始的な生活をしているかと思えば、マサイ族のみなさんの携帯電話所持率の高さに驚きました。最近アフリカのサバンナ地帯でもアンテナが導入されて、通話には支障がないんだとか。どんな会話をしているのかと思えば、牛の売買のことや、他部族から牛が盗まれたらすぐに追い返す為の連絡手段として使ってるんですって。

改めてマサイ族にとって、牛がどれだけ重要なのかを思い知りました。



Yoko.

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2017-08-09

アフリカで見る日本という国

海外での日本車(バイクも含め)の普及率は予想以上に高く、先進国、途上国関係なくTOYOTAやHONDA、SUZUKIの車体を見かけます。
そのお陰で私たちが日本人だと分かると、「トヨタ〜!ホンダ〜!スズキ〜!」と話しかけてくれることも少なくはありません。

途上国になればなるほど、道路の整備が追いついておらず、未舗装の悪路が随所にある為、丈夫な車の方が人気。

「日本人はすごいな!頭がいいよなー。」とか「日本製品は壊れないし最高だよ。」と言ってくれる人もいるほど。

それぐらい日本車は、海外でも活躍していて、
「高技術な日本車を製造=日本人=頭が良い」というイメージもあるようです。
日本という国がどこにあるか分からないけど、トヨタやホンダ、スズキが日本という国で造られているということは浸透しているのです。

特にアフリカに入って感じたのは、日本の中古車が多いということ。
しかも、どこかの企業や団体が使用して廃車になった車両を、そのまんま使っているのです。今いるザンジバル諸島でも1日に1.2台は見かけましたよ〜。団体名が入っているままの車体を。


団体名などを消さずに使用しているということは、日本語や漢字の雰囲気がカッコイイのかなぁ。


アフリカでは日本で廃車となった車両を輸入して販売している業者がいるのですが、消費者にとっては新車より安く購入することができる丈夫な日本の中古車は需要が高いんだそう。


しかしそのような車の中には、日本の基準では廃車同然の整備不良の車が多い為に、事故やトラブルが後を絶たないケースも多いそうで、問題のひとつとなっているんですって。


それでも日本車両を手に入れることはステータスなんですよね。
明らかに福山通運のトラックだったであろう大型トラックも見かけましたよ。ロゴは消されていましたが、模様はそのまんま〜。(ザンビアからタンザニアの国境ゲートにて)


こちらのバスは一見普通のバスに見えますが…
実際乗ってみてビックリ。

「ドアが閉まります。御注意下さい。」 のアナウンスが!!

耳を疑いました。
バスから日本語が聞こえてきたことに。
ここアフリカなのに〜?日本人私たちしか乗ってなかったのに〜?


地元の人たちは、きっとアナウンスが何を言っているのか分かっていないまま乗車している人がほとんどなんじゃないでしょうか。

それぐらい世界では、特にアフリカでは日本車が大活躍です。

Yoko.





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2017-08-07

世界遺産になったザンジバルのストーンタウンには悲しい歴史があった

インド洋に囲まれたザンジバル島は、海がとっても綺麗。
 漁船から、観光客向けの船まで、大小様々な船が停泊しています。
地元の人々にとっても、のんびり海を眺めることは至福の時間。
 ビーチは、憩いの場でもあるんですね〜。
 微笑ましい家族の姿も。
ここはフェリー発着の港がある、ストーンタウンと呼ばれる石作りの建物が続くエリア。
迷路のように細い路地が入り組んで複雑。「さっきもここ通ったよね?」というような事もありました。
建物はかなり年季が入っているものも多く、キューバの旧市街をを彷彿とさせる雰囲気です。
庶民の台所でもある市場や、ホテル、お土産やさんなどが密集している通りは、多くの人々で賑わっています!
アフリカでありながらアラブの雰囲気漂う独特の文化や町並みから、なんとこのストーンタウンは世界遺産(文化遺産)に登録されているんです。
今となっては世界遺産の街として注目を浴び、観光客が多いザンジバル。
この活気溢れるストーンタウンには、実は秘められた悲しい歴史があるのです。

それは「奴隷市場」です。

かつてこの島に定住していたアラブの商人たちによって、毎年数十万人のアフリカ人が、奴隷として奴隷船でザンジバル島に送られてきました。そして連れてこられたアフリカ人を建物の地下に収容し、市場を開いて人々を売買していたんだそうです。
なんとも残虐な行為に、そのことを知った時は胸が痛くなりました。
奴隷マーケットは1873年6月6日に閉鎖。
アラブ人はほとんど見かけませんでしたが、その名残でイスラム教徒が多いのです。
奴隷マーケットの跡地に平和と自由の願いを込めて建てられた立派な大聖堂が、ストーンタウンの中心に聳え建っていました。
 そして大聖堂前にある記念碑には、世界各国の言葉でこんな言葉も掲げられていました。
 「世界人類が平和でありますように」
そんな過去に暗い背景を持ちながらも、現在は多くの観光客を受け入れてくれるザンジバルの人々。とっても明るく接してくれます。
 ザンジバルに来て毎日のように飲んでいた、さとうきび100%の搾りたてジュースは病み付き。お兄さんが、目の前でさとうきびを絞ってくれるんですよ!
 栄養も抜群ですね。1杯1000タンザニアシリング(約50円)。
夜は、たくさんの屋台で賑わっている広場で夜ご飯をいただきました。
ザンジバルピザ1枚3000タンザニアシリング(約150円)
タンザニアのご飯、美味しい〜。


Yoko.





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